コロナ禍おけるクルド難民申請者たち、支援の現場から1

民間団体からの緊急支援


「ありがとうございます。ほんとに、ほんとに、ありがとう」
 その人はそう言って、右手を胸の上にのせ、涙を浮かべた。

 わたしたちは今、移住連(移住者と連帯する全国ネットワーク)が行う「移民・難民緊急支援基金」と、反貧困ネットワークと移住連が協力する「緊急ささえあい基金」からの支援金をいただき、そのお金を、非正規滞在の難民申請者家族の元へ、一軒一軒、届けている。この基金には、社会基盤が脆弱な外国人に心を寄せる多くの人びとから、寄付金が集まり続けている。
 これらの支援を受けて、まさにいま命をつないでいる埼玉県蕨川口の在日クルド人難民申請者は、すでに200名を超えている。この場を借りて、心よりみなさんへの御礼を申し上げたいと思う。

 それでもまだまだ申請者は増え続けている。国は、非正規滞在の難民申請者を、新型コロナ経済対策である一律10万円の支給対象から外した。その結果、もともとが共助で成り立っていたコミュニティの内部は、深刻な崩壊の危機にさらされている。今、わたしたち支援者には見えていなかった存在と状況が、次々と浮かび上がっているのである。まずは、支援を受けた人たちの声をいくつかお伝えしたい。


「この助けをもらって、わたしたち、見捨てられなかった、そう思ったです。ほんとに嬉しかった。子ども、学校で10万円の話、自分だけもらえない、友だちと違う言って、家で泣いたです。でも、今日、助けがきた。みんな一緒、みんな同じ」
 そう言って母親は、10歳の男の子を抱き寄せた。そのやさしい性格からたくさんの友だちに囲まれ、誰にでも公平に接して勉強を教えてあげるため、友だちや先生からの信頼がとても厚い子であった。その子が友だちのなかで、自分だけがなぜ? と感じて心を痛めていたのだった。

「食べること減らして、3回から2回、このごろは1回。いろんな友だち、親戚のところ行って、ご飯、食べさせてもらう。でも、友だちも困ってる。もう頼めない、どうしよ思った。ほんとに、ほんとに……」
 その先は言葉にならなかった。

「家賃、電気、ガス、水道…みんな、2ヶ月以上、払えないんです。大家さんには、今月末に少しでも払えなければ出て行ってもらうと言われていました」
 流暢な日本語で、「こんな大変なときに、とても助けになります」と続けた。

「旦那さん、仕事ない。前、ちょっとだけ手伝いあった、お金もらえた。今、ぜんぜんない。だからわたし、子ども、どうすればいい、わからない」
 子どもの衣服は汚れ、赤ちゃんのオムツはパンパンに膨らんで重たそうだ。気になって尋ねると「もうない」そう言ってオムツを外し、お尻を丸出しにしたまま「これで大丈夫」と言った。

「わたしたち大変だけど、あの人、もっと大変。家なくなった。奥さん、結婚のときお母さんからもらった金の指輪、売った。それで食べ物買った。奥さん、泣いてた。かわいそう。だから、クルドの女性たち、みんなお金困ってるけど、500円くらいずつ集めて、その家族にあげた」
 自分たちの困窮よりも、もっと気の毒な仲間がいる、彼女はわたしたちにそうに訴えた。

「わたし病気、これみて。でも病院、行けない」
その右足は、足首から膝にかけて、大きく腫れ上がり、歩くことも困難であった。医療保険がないため、もともと病院に行きにくい非正規滞在の難民申請者たちは、コロナ禍で経済的な打撃を受け、栄養状態の悪さと精神的なストレスから免疫力が下がり、ますます体調を悪化させていた。


「わたしたちも助けて…」
 その声は、まさにこの瞬間にも、「クルドを知る会」の元に届き続けている。20年に渡る支援活動のなかで、こんなことは、一度も経験がない。とうとう、赤ちゃんを含めて3人の子どもがいるホームレスの家族も見つかった。そんなことになっているとは……、ショックだった。緊急事態宣言から2ヶ月が経ち、外出自粛も解除されたが、事態は当初よりますます悪化していると感じる。また、支援金配布を始めた5月下旬から1ヶ月が経ち、人びとの疲弊が酷くなっているように見受けられる。それは、時間の経過とともにみなが疲弊していっている、ということもあるだろうが、もともとの困窮具合が深刻な人たちほど、支援の情報につながりにくく、早いうちに支援を受け取れた人たちよりも、遅れて支援を受ける人たちのほうが状況として厳しいように見えてしまう、ということもあるのではないかと実感する。
 そして今、在日クルド人のコミュニティ全体として、親類知人を受け入れ面倒を見るという、その彼ら特有の習慣にも限界が見え始めている。さらに問題なのは、救われる人と切り捨てられる人、という明確な線引きが、彼らのなかで分断を引き起こし始めていることである。だが、これは彼ら自身が引いた線ではない。もともと脆弱な生活基盤を共助でギリギリ保っていたコミュニティに、国が手を入れ、救う者と切り捨てる者を決めた。

「どうして日本、わたしたちだけ、10万円あげないですか? すっごく悲しい。仕事ない、お金ない、子どもいる、病気ある、病院いけない。あの人も大変、この人も大変、でもわたし、もう助けるできない。だって、わたしも大変なってしまったから。日本は外国人にも10万円あげたでしょ。難民の結果でていない人にもあげたでしょ。でもわたしたち、仮放免だけど、ずっと日本に助けて言っている同じ難民…。国に帰れない。10年、ここに住んでる。コロナこわいは一緒。あぶないは一緒。同じ人間。どうして日本、わたしたちだけ、助けるしなかった……わたしたち、もうダメ。友だち、助けるできない」
 同じ難民申請者でも10万円を受け取れる人と、受け取れない人がいる。難民審査の結果がまだ一度も出たことがない人のうち、3ヶ月を超える短期滞在ビザを持っている人は自治体の住民基本台帳に登録されているため、10万円の給付金を受け取ることができる。だが、3ヶ月以下の短期滞在ビザ、および難民不認定に対する審査請求をしている仮放免の状態にある人には受給資格がない。隣人同士で、もらえる人ともらえない人、その間には国が引いた冷たい分断のラインがある。
 
 このような弱いところで新型コロナが発生すれば、それは地域社会に大変な打撃を与えることは間違いないだろう。そこに手当てをしてこなかった国の姿勢について、大きな疑問が残る。